【セッションレポート|阪急阪神のオフィスサミット2025】「場」が企業価値を決める時代へ~世界の最前線に学ぶワークプレイス変革論~
2025年11月5日・6日の2日間にわたり、大阪梅田ツインタワーズ・サウスにて「阪急阪神のオフィスサミット2025」が開催されました。本サミットは、“働く場の価値を再定義する” をテーマに、企業の人的資本経営、働き方、ワークプレイス戦略、コミュニティ形成、災害対策、大学との連携など、オフィスにまつわる幅広いテーマを扱ったイベントです。会場には多様な業種のワーカーや企業担当者が集まり、講演・見学ツアー・交流会を通じて、これからのオフィスが果たす役割について活発な議論が行われました。
本記事では、サミット当日の各セッション内容を、講演の背景・主張・示唆を中心にレポートとしてまとめています。阪急阪神ビルマネジメントが考える“働く場の価値づくり”の視点とともに、参加者にとって印象的であったポイントを紐解いていきます。
■ SESSION INFORMATION | セッション④
- 【開催日】
- 2025年11月6日
- 【登壇者】
- 日本オフィス学会
会長 松岡 利昌 氏 - 【テーマ】
- 「場」が企業価値を決める時代へ~世界の最前線に学ぶワークプレイス変革論~
オフィスが“コスト”から“企業価値”へと転換する時代
コロナ禍を経て、世界の働き方は大きく変わりました。
リモートワークの普及によって、多くの企業が改めて問い直すことになったのが「オフィスの存在意義」です。オフィスは本当に必要なのか。もし必要だとすれば、その価値とは何なのか。この問いに対して、経営コンサルタントの松岡氏は明確な視点を提示しました。それは、オフィスはもはや“コスト”ではなく、“企業価値を生み出す投資”であるという考え方です。
日本のオフィスは長い間、大きな変化を経験してきませんでした。しかし今、働き方の変化を背景に、オフィスの役割そのものが再定義され始めています。松岡氏は、この転換期こそが「オフィスの価値を最大化する機会」であると語ります。
同時に、企業価値の源泉である「人」に対する考え方も変わりつつあります。これまでコストとして扱われることの多かった人材が、投資対象として捉えられる「人的資本経営」の概念です。2020年に発表された人的資本に関するレポートでは、多様な人材を受け入れ、リスキリングによって能力を高め、高いエンゲージメントで企業に貢献する人材戦略のモデルが示されています。しかし、その議論には一つ重要な視点が欠けていると松岡氏は指摘します。それは、人が価値を生み出すための「場」の存在です。人が集い、交流し、偶発的な出会いから新しい価値を生み出す。その舞台となるオフィスの役割は、むしろこれから一層重要になるといいます。
さらに講演では、世界のワークプレイス変革の最前線も紹介されました。そこで浮かび上がったのは、オフィスの価値を測る基準が大きく変わりつつあるという事実です。
これまでのように出社率や座席稼働率といった数字だけで評価する時代は終わりつつあります。これからは、社員がその場でどのような体験を得るのかが重要になります。つながりの深さ、創造性の発揮、コミュニティの形成。こうした“体験価値”こそが、これからのオフィスの価値を決定づける要素になっていきます。
世界の先進企業は“人的資本経営”からオフィス戦略を考える
松岡氏は世界の先進企業がオフィスをどのように再定義しているのかを紹介しました。共通しているのは、どの企業も「働く場」を経営戦略と連動させ、徹底した人中心の戦略を行っている点です。
その象徴的なテーマの一つがサステナビリティです。例えばオーストラリアでは、既存ビルの鉄骨構造を再利用したアップサイクルビルや、CO₂排出量を大幅に削減する木造・木質化オフィスビルが登場しています。これらの建築は単に環境に配慮しているだけではありません。自然素材を活用した空間は、人にとっても快適で創造性を高める環境となっています。環境への配慮と働く人への配慮は、すでに一体のものとして捉えられているのです。日本でも今後、サステナブル対応の制度化が着実に進むと見られています。
また、オランダのオフィスも興味深い事例です。オフィスに仕事(アクティビティ)に応じたオフィス環境を用意する働き方であるABW(アクティビティ・ベースド・ワーキング)が浸透しているのです。その中で、特に強調されたのが、ホスピタリティの手厚い食堂の話です。ロナルド・バートのいう「構造の穴」を解説しながら、食堂のような人が集まる場所で、分断されたグループ間での仲介者が現れることで、人と人をつなぎ、そこから新しい情報やアイデアが流れ込み、イノベーションが生まれていくという理論です。食堂のような自然な交流空間は、まさにその役割を果たします。異なる部署の人々が偶然出会い、会話が生まれ、そこから新しい発想が芽生えるのです。
このことは、組織全体にも当てはまります。経営基盤としての総務部(ファシリティマネジメント部)は、人的資本を考える人事部門、在宅を支援するテクノロジー環境を提供するIT部門、オフィス改革投資を担う財務部門などとの連携が必要になるといったように、企業において、各組織間の密接な連携が極めて重要な時代になってきたことがわかります。もし、組織間に穴があるなら、それを埋めることが経営上の重要課題となります。
松岡氏は「企業はオフィス空間によって経営を示す時代に入った」と述べ、オフィス空間が企業価値に直結していることを示しました。
“場づくり”には経営者の関与が不可欠
松岡氏は、日本企業が世界にオフィスを発信する時代が、ようやく訪れたと話します。日経ニューオフィス賞やJFMA受賞企業の結果を見ても分かる通り、日本のオフィスは、海外企業に比べて、高い水準にあります。現在、欧米企業では、いまだに出社率が3割〜4割の企業も少なくありません。これらの経営者はイノベーションが起きないのではないかと懸念しています。一方、7割〜8割のワーカーが出社する日本企業では、人が集まるからこそ、より魅力的なオフィスをつくる余地があります。交流を図り、より楽しいオフィス環境づくりにアイデアを絞るチャンスが到来していると指摘します。
松岡氏は、オフィス空間は企業の経営戦略そのものであり、経営者の意思表明そのものであるといいます。「どのように働いてほしいか」を社員に提示するメッセージだといいます。このメッセージを受け取った新しい社員は、「ここで働きたい(採用)、働き続けたい(維持)」と感じるようになります。このためには、そこに集うワーカーたちの交流体験がとても重要であると強調しました。
日本企業が取り組むべきワークプレイス変革の方向性
松岡氏は、これからの日本企業が進むべきワークプレイス戦略として、いくつかの重要なポイントを提示しました。
まず第一に求められるのは、“社員が自然と集まりたくなる理由”をつくることです。リモートワークが一般化した今、社員は「行く意味のある場」にしか価値を見出しません。食・学び・偶発的な出会い・プロジェクト型協働など、オフィスにしか生み出せない体験を設計することが重要になります。
第二に必要なのは、ハイブリッドワークを前提としたオフィス空間設計です。個人で集中する時間と、チームで協働する時間の両方が増えた現代では、フリーアドレスだけでは不十分です。集中・交流・発散・創造など、活動ごとに空間が最適化されていることが重要です。いわゆるABWの考え方が不可欠です。
三つ目に挙げられたのが、コミュニティを育てる仕組みの導入です。空間の運用・イベント企画・つながりの促進など、人と人の関係性をデザインする仕組みが今後ますます必要になると松岡氏は語りました。
オフィスは“働く”を超えた価値を提供する
松岡氏の講演を通じて明確になったのは、オフィスが担う価値は、単なる作業効率の向上ではなく、「企業文化をつくり、創造性を高め、企業価値そのものに寄与する」という極めて本質的な領域に移行しているという点でした。
これは、企業が社会にどんな価値を提供したいのか、その姿勢をオフィス空間で示すという考え方です。社員が日々そのオフィス空間で過ごすことによって、企業の方向性を自然と体験し、理解し、行動として体現する。このような経営と空間の統合戦略が事業の成長を左右します。その実現には、経営トップが「場」を考える時代といえます。
まとめ
本セッションは、オフィスの価値を「働く場」から「企業価値を生む場」へと再定義する、非常に示唆に富む内容でした。
世界の最前線にある企業はすでに、“場の力”を経営戦略の中心に据えています。そしてその変革は、決して大企業だけのものではありません。企業文化をどうつくるか、どんな働き方を目指すか、その意思を空間に落とし込むことは、すべての企業が取り組むべきテーマです。
働き方が多様化し、場所に縛られない働き方が広がる現代だからこそ、オフィスは「選ばれる場」である必要があります。社員が集まり、学び、偶然が生まれ、創造が広がる――そんな場づくりは、企業の未来を左右する戦略的投資です。
松岡氏が語った「場が企業価値を決める時代」は、すでに始まっています。
日本企業がこの変革をどう取り入れ、企業文化やオフィス戦略として形にしていくかが、これからの競争力を大きく左右するでしょう。
※掲載内容は取材当時のものです。




